償うということは

時計台

12月27日、1988年の事件での死刑囚の刑は執行された。
7月のオウム真理教元幹部13人以来で、今年の死刑執行が15人になるという。
改めて、世界の状況をみると、ヨーロッパは全面的に廃止アメリカは州によって違いがある。アジアの主なところでは、中国、台湾、北朝鮮、タイなどが死刑存置韓国は制度凍結状態らしい。
趨勢としては、人権の立場からでも廃止の方向に向かっているように私には思える。
しかし、日本では永山事件以来、”何人殺したら死刑”のような尺度で語られることが多い。

死刑が必ずしも抑止力にならないということは、論証されていると思うのだが、個別具体的な事件に際しては、相変わらず因果応報的な論調や抑止的な考え方が幅を利かせていることも現実である。国家の規制ではなく、色々は尺度から、もっとオープンな場で論議してゆくことが最も必要なのではないだろうか。人権は国が規制・制限できるものではない、という近代の基礎概念は外せないと思う。

倒木
9月の台風21号からの復興未だ

ここの近辺で、建築工事中が数か所ある。年の暮れで、気の故かピッチが上がっているようだ。また、日の暮れるのが早いこの時期だけに、ライトを照らしての仕事にも勤しんでいるようだ。ご苦労なこと。

その工事中のすぐ隣の、まだ屋根にブルーシートを掛けた住宅が恨めし気だ。
写真は、古墳近くの堀に無残な姿をさらしたまま、すでに4ヶ月になろうとしている大木。さすがに、街路の倒木は伐採されてしまったが、まだまだ手が回らないということか。水害の復興もまだ半ばらしい。
行政も含めたこの国のエネルギーの衰えを感じてしまう。のは、思い込み過ぎなのだろうか。