10月10日晴れ…の筈

雛

昔、大相撲に玉の海という横綱がいた。私などは玉乃島の方に愛着を感じるが。
今の巨大化した力士に比べるとこの時代の力士は中型が多い。その中で、身長はむしろ低いくらいだったと思う。
改めて少し調べてみると
1944年2月大阪「に生まれる。長く隠されていたらしいが、父は韓国人で、本人も韓国名を持っていたという。20歳で幕ノ内に上がり、1970年に横綱に推挙される。この時に玉乃島から玉の海に改名する。ライバルとされる北の富士(現在、相撲解説をしているダンディなおじさん・おじいさん?)と同時昇進。当時はまだ、大鵬という高い壁があった。少し、時間がさかのぼるが、横綱になる前に、初顔合わせで玉乃島は大鵬を破ってしまう。大事件だ。
ここからは少し専門的になるので、この青字の部分は読み飛ばしても結構です。この場所から部屋別総当たりに変わったせいで、これまで一門として、大鵬と玉の海が対戦することはなjかった。この場所から、一門という縛りを失くす改革で実現した取り組みであった。
横綱昇進後は、安定した成績と型をもった取り口や柔軟な足腰から「双葉山二世」と呼ばれることもあった。守りの強さには定評があった。

突然の悲報である。27歳の「1971年7月。急性虫垂炎を発症。その後も恒例行事など消化。手術は10月になってから。治療の甲斐もなく11日に逝去。その訃報に接し、北の富士は人目もはばからず号泣したという。いわば未完成のままに逝去した格好だ。
このことがきっかけで、相撲界で健康管理の面での改革が多少見られたようだ。
ねぶた絵
体格だけに焦点を当てると
玉の海:177㎝、135㎏
北の富士:185㎝、135㎏
大鵬:187㎝、153㎏
現役力士では
白鵬:192㎝、155㎏
鶴竜:186㎝、159㎏
稀勢の里:188㎝、178㎏
幕内力士の平均が185㎝、156㎏
将に大型化、肥満化(?)。最近では外国からきた力士の方が筋肉隆々として、むしろスッキリしているような気がする。
相撲のことで、思わず長くなってしまった。
間違った記述も多いかもしれない。くれぐれもご容赦を。

写真はねぶた絵の一つで、「見送り」という。
弘前と青森ではねぶた自体の呼び名も違うが、形が違う
弘前のねぶたは扇型で前面には三国志などを題材にした武者絵が多い。
土産などに見られる凧に描かれた絵などもこの様なものが多いと思う。
裏面には、女性の絵などが多く、それを「見送り」という。
切手で高価な「見返り美人」というのがあるが、良く似ている。
このあたりはもう少し正確な情報で、いつか書いてみたいと思う。