悲しき1951

世界

先日、目次まで紹介した本をようやく読み終えた。
通勤時間しか読みたくなかったので余計に時間がかかってしまった。インタビューを記事にして現実を語ったつもりだろうが、現実を語って何を伝えるつもりだったのだろうか。どんな奴だと奥付をみたら、1951年生まれとあった。私より1年上の同年代。悲しい。

世界の定年年齢を調べてみた。
定年制自体ないのがアメリカ、イギリス、カナダ、オーストラリア、ニュージーランド。今は65歳だがこれから67歳にしようとしているのがドイツ、フランス。アジアではフィリピンが65歳、シンガポールが62歳で韓国、タイ、マレーシアは60歳、インドネシアは56歳。中国は男性が60歳で女性は55歳。世界的に引き上げ傾向にあるよう。私も同じ轍か。調べたもので何を伝えるつもりなのか?

定年ということは、雇用・被雇用を前提としたものだ。そこにか契約があり、報酬の額も定められている。その報酬の根拠はなにか?そのあたりは国によって大分異なるようだ。日本のように年功賃金の色彩の濃いところと、欧州のように職務給的なところと。福祉大国といわれるスウェーデンでは高齢者になると社員からパートのような勤務形態に移る人が多いという。だが、職務給のために、定年で60%近くに減額する日本と違い、下げ幅は働く時間に比例するために極端になることはないという。

昨今の状況では年金支給年齢を引き上げるために、定年を70歳に伸ばそうという動きもあるようだ。その動きの前に、国民年金と厚生年金、共済年金との格差や同一労働同一賃金の問題など足元の問題解決が先のようの思う。また、労働人口の減少など避けて通れない問題が目の前に立ち塞がっている。
60歳を超えると世の男性はとても悩んでいます。少なくとも食い扶持を稼ぐくらいの甲斐性は持ちたいものだと。でも、若いときにこんな心境になるなんて考えたこともなかった。
思わず、じっと掌を見ています。ある日の啄木のように。