古い小説だが、吉村昭に「羆」(ひぐま)という小説がある。
飼っていた羆が妻を殺し、その羆を追って雪山に分け入る猟師の話だ。また、同じく吉村は羆が民家に押し入り、人喰いをした事件に取材した「羆嵐(くまあらし)」という小説も書いている。
そこに描かれた迷走する人間たちの姿は今も繰り返される人災の縮図か。
さらに、人類の祖先が勇敢な狩猟者のイメージを覆した。「ヒトは食べられて進化した」。狩るヒトから狩られるヒトへの転換。
最近特に、人に対して、歴史に対して、自然に対しても傲慢な言動や人間が多いのではないのだろうか。歴史の歯車が回転軸を失ったようだ。
特に、これまでの歴史で犯した過ちに少しも学んだことがないような人たちに、これからの未来を任せることができないだろう。
人に対してと同じように、あるいはそれ以上に自然に対しては傲慢だ。海水面が上がれば国土自体が危機があるような現実に手を打てないヒト。毒素をまき散らして手も付けられない地域に戻ることを肯うヒト。開発を旗印にして人・自然を借金漬けにするヒト。
ノーベル賞の受賞式が伝えられる。
教育や福祉を真面目に語る人が今、必要だ。
この国の教育の予算は右肩下がりだ。ノーベル賞をとれるのは、今のうちなのだろう。