今日は憂さ晴らし?

こんなときもありますよね。

 

 

 

繋がりはないけど、近くのものから並べました。

収入が少ない割には、細かい”銭勘定”を良くしています。個人事業主の性でしょう。
何故か紙幣は銀行に集約しがちだが、硬貨が手元に増えてくる。それもおつりによく使う類のもの。
この4兄弟が多い。
この4兄弟が巣立って大きく羽ばたき、紙幣となって錦を飾ることを今は、待っている。
落語をはじめとして、明治以前の話のなかで出てくる”金”が、今の貨幣価値に換算してみてスッキリした例が私にはない。よく使われる両や銭なども細かい時代設定で微妙に異なるのだろうが、同じことだ。有名な落語の二八(にはち)そばの話にしたって、演者によっては比較する物が違ったりするから、受け取る側では勝手に換算してしまいがちだ。

そういえば、時間の呼び方にしたって丑(うし)三つくらいはピンとくるかもしれないが、どんだけ把握しているだろう。それは、陰暦での行事を太陽暦で祝う場合のズレにも通じるものがあるようだ。さらに、最近では曜日で祝日をスライドさせるから、祝日の謂れの混乱がひどい。以前は体育の日は1964年10月10日の東京オリンピック開会式の日に、ちなんだ祝日だったのだが、その謂れはあっさりとチャラになってしまった。

2020年のオリンピックは夏の盛りだ。後々この日も祝日になるのだろうか。いっそのこと”パラリンピックの日”とでも。
そして、ボランティアの募集が始まった。11万人分で、まるで採用試験だ。わずかな日当で、宿泊費などの大きな出費は自前らしいが、善意の強制、まるで競争を煽っての人集め。甘かった予算の見込みを少しでも埋めようとする主催者側の責任隠し。開催時期から既に主体的に決められない開催地、主催団体の真の目的は何?

天井の蛍光灯の調子がよくないので、修理の積りで見積りを頼んだら、LEDに交換で10万円近く。LEDにしなくても、という思いを伝えると
「LEDが主流ですから」というお答え。場所と用途によるだろうがと思ったが、主流という言葉を苦く飲み込んだ。
裸電球にもできないしなあ