****の手習い

キャンドル

どうもしっくりせずに、すぐ関連すると思われる本を求めて読み始める。
60の手習いよろしく、ここまでは今までやってきた手順だ。
重要だと思われるページに付箋を貼ったり、マーカで印をつけたり、これも慣れたものだ。
ところが、数ページ進むと集中力が切れて、手元の紙に意味不明の文字を書いたりし始める。「少し、休憩だ」と一人言でトイレ休憩

そんな繰り返しで中々思うように進まない。
焦ることもあるまい、60の手習いなのだから。
(ただ、本心は少し、いや大分悔しいのだが
ここは悠然と年輪を感じさせる位でないと、と斜(はす)に構える

脈略もないのだが、
子供の頃や若い時には軽やかに楽しい時ハミングしたり、スキップしたりしたと思う。それと同じような表現は年を重ねたらどんなだろうか?
ハミングはするかもしれない。ハミングというより鼻歌といった方がピッタリか。
堺スキップはしないだろうし、ヤミクモに走ったりもしないだろう。
悲嘆や苦悩の表現は増えるのに、シンプルな喜びの表現は枯れてゆくのだろうか。
それが、生きてゆくことだとしたら、不幸なことだと思ってしまう。

まあ、60の手習いで思わずガッツポーズが出るような快感を味わいたいと思う。
20の手習い30の手習いなどという言葉がないように、60、70、80のアドバンテージを存分に活用しよう。負け惜しみと言われないように成果もそれなりには出したいものですが。