こじゃれた発想

指さし

江戸落語で使われそうな言葉。
「こじゃれた」とは、「お洒落で粋な」という意味だと辞書にはある。「こじゃれた発想」を機械翻訳すると、英語で「こじゃれたidea」だと。では、反対語は、これは難しい。「ダサい」「野暮」近いが少し違う気もする。いずれにしろ、立川流の落語でもてはやされそうだ。

首相の施政方針演説を聞いてこの言葉を思った。大事な演説だから、「こじゃれた」や「ダサい」では困りものだが、同じような言葉を、実もない表現でよくも繰り返すものだと呆れている。軽くてもいいから、多少「こじゃれた」ことを言ったり、「野暮な」行動計画を出せないものか。
改憲の先に見据えるものを言い出したら、国民が引くかもしれないから入口のことしか言えない。年金のことを言うと反発を食うから、高齢者の雇用延期だけに止める。消費税はもっと高率にしたいけど、軽減税率で将来の布石を打っておく。などなど語るべきことはもっとある筈なのに、国会対策的な話で締めくくってしまう。

「丁寧で、十分な説明」を言うたびに、また都合の悪いことが起きたのかを訝しんでしまうのはどうしてでしょうか?
青木理の「安倍三代」という本に、そのあたりの彼の出自からの言動の論理が垣間見えるような気がする。

最近、あれほど蜜月だったトランプと安倍の密着ぶりを聞かない。オバマ大統領とは水と油だったが、トランプにも使い捨てられたということなのか。もうそろそろ沖縄の問題もそうであるように主体的な外交・政治を目指すべきだと思う。憲法を変える前にやるべきはこの国を傘の下から出すことなのだと。その上で、それに見合う憲法を考えるべきなのだと思う。
言いにくい相手には弱腰なのは、なにも安倍に始まったことではない。が、敗戦から70年も経って、沖縄の基地問題一つ、自国の判断で決められない国の憲法の位置づけを問いたい。

海それこそ、こんなところに、こじゃれた写真でも貼り込みたいのだけれど、ストックがない。
俄かに探して見つかるものでもないので、敢て二番煎じで我慢してもらうことにした。今日のところは。

もうそろそろ、このあたりでは稲刈りの季節がやってくる。機械化されて、仕事自体はあっという間の出来事だが、この国では稲刈りは最大の収穫イベントだ。稲にとって、大きな災害もなく、収穫できることは何よりの幸いだと思う。
その後に、こぼれた稲殻をついばむために群れる雀や小鳥の鳴き声が聞こえてくるのが待ち遠しい。
雀は、今年は大群で飛びまわってくれるだろうか。

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